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⑤妊娠から産後にかけての腰痛

妊娠中から産後にかけて腰痛と言えば、昔から妊婦さんにはつきものと思われていました。妊娠や出産に伴う身体の変化は急激ですし、その間に腰痛があると身動きがつらく、心の安定も保てない場合もあります。

ここでは妊娠から出産後までの腰痛、骨盤痛、背中の痛みついて科学的に知っていただき、安心して出産や子育てができるようにお手伝いをさせていただきます。

どれくらいの人が痛みを持つのか

あなたは妊娠中と産後では、どちらが痛みを持つ人が多いと思われますか?またあなたのご経験ではどうしたか?

・・・・正解は妊娠中です。

図1は私たちが2021年に当院で出産された方にご協力いただいて腰痛など背中の痛みを持つ人の割合を調べた結果です。妊娠中には7割近い方が腰痛や背中、骨盤周りの痛みがあると回答されていました。

図1 妊娠から産後にかけての痛み割合

腰痛や骨盤帯痛は妊娠中が最も多く7割近くに認められました。出産直後は一時下がりますが1か月目で再び少し増えて、そのあとは徐々に減少します。

今まで妊娠中の腰痛の頻度はばらつきが多く、20%から80%以上まで幅広く報告されていました。

そこで私たちは痛みの定義を決めて調査した結果、かなり多くの方が腰背部痛に悩まされていることがわかりました。出産直後も半分くらいの人に腰痛があり、産後4か月目でも3割程度の人に腰痛があります。

ではこの後はどうなるんでしょうか?

私たちはその後の調査はしておりませんが、産後半年で元の状態に回復するといわれています。報告によれば1年後にも腰痛のある人が10~20%あるそうです。

図1で示したように、もともと妊娠前に15%程度の人は腰痛を持っておられたので、その人たちのことかもしれません。

いつ頃からどんな痛みがでる?

前回の調査でいつ頃にどんな痛みが出るかを見た調査の結果を示します(図2)。

【妊娠前】

【妊娠中】

【妊娠後】

図2 妊娠前から出産後の疼痛部位の変化

痛みの部位について回答して頂いた人の割合を示します。妊娠前は腰痛が主体で、妊娠中は腰痛と背部痛、骨盤帯痛が増加し、出産後は背部痛と骨盤帯痛がさらに増加しています。

妊娠前は腰痛の方が多く、妊娠中は背中の痛みや骨盤周りの痛みも増えてきます。そして産後には背中の痛みや骨盤周囲の痛み(骨盤帯痛)がもっと増えて、その分腰痛が減っているのが分かります。

骨盤帯痛にはおしり、恥骨、股関節などの痛みが入ります。いつ頃からどんな痛みが出るかをあらかじめ知っていると、心の準備ができますね。

痛みの原因は不明!?

妊娠に伴う痛みの原因はまだよくわかっていませんが、妊娠に伴う運動量の減少、おなかが大きくなることで腰椎が反り気味(前弯の増強)になること、体重が前にかかるので後ろの筋肉(背筋群)の負担が増すこと、などがあげられています。中でも運動量の減少は体幹筋力の低下を招き、腰痛を起こしやすいと考えられます。

一方、産後の痛みの特徴は骨盤帯痛です。

妊娠末期にはホルモンの働きで骨と骨をつないでいる靱帯(じんたい)が緩み、出産の時にお母さんの骨盤が左右に大きく開き、赤ちゃんを通りやすくします。

出産時に骨盤前方の恥骨結合の靭帯と後ろの左右にある仙腸関節という大きな靭帯がゆるむので骨盤を開くことができるのです。靭帯がゆるむことは骨盤がグラグラとすると考えてもよいと思います。

そのために妊娠後期や出産後はちょっとした体の動きでも骨盤周りの痛みが出ますが、大きな痛みは1か月で、小さな痛みは数か月から半年以内にとれますのでご安心ください。

妊娠中の痛みの産後への影響

妊娠中はいろんな部位に痛みが出ますが、多いのは腰痛、背部痛(背中の痛み)、骨盤帯痛の3つです。

私たちは産後4か月まで調べましたが、最終月の痛みと産後全体の痛みの程度に影響が強かったのは、妊娠中の腰痛と背部痛でした(図3)。

図3 妊娠中の疼痛部位が産後腰痛の強さに与える影響

妊娠中に腰痛や背部痛があった人は産後の痛みが強いことを示しています。最終月VASは産後4か月目の痛みの評価を、重症度は産後各月の平均値を表しています。

もちろん程度にもよりますが、腰痛と背部痛が続く場合は産後の痛みも強く長引きやすい可能性があります。また同じ調査で3つの痛みが重なっていれば、その分余分に産後の痛みも強いという結果も出ました。

したがって腰痛や背部痛が強い場合は、一度整形外科で見てもらうことも考えてください。

痛みの予防には適度な運動が大事です

多くの調査で妊娠前に腰痛のある人、妊娠中に腰痛が悪化した人は、産後の痛みが強く長引きやすいといわれています。また妊娠前から運動を積極的にやっていた人はやっていない人と比べて、妊娠中や産後の腰痛の程度が少ないことも明らかになっています。

さらに妊娠12週から20週までの間に腰痛のある人に対して、腰痛体操やストレッチなどの運動を指導した人としなかった人を比べると、運動をした人の方が痛みが少ないという報告もあります。

ですので、運動は腰痛や骨盤痛の予防にも大事というのがお分かりいただけると思います。

では、どのような運動がよいのでしょうか?

妊娠前の人や妊娠中でも医師から運動をしてよいと許可が出ている人は、軽い腹筋やストレッチ(図4)、体幹筋トレーニング(図5)をお勧めしています。

図4 誰でもできる腰痛体操

当院に腰痛で受診された患者さんにやって頂いている体操です。妊娠前や妊娠初期~中期、産後の方で医師の許可が出た方にお勧めします。

図5 体幹筋(インナーマッスル)トレーニング

妊娠前や妊娠初期~中期、産後の方にお勧めしています。医師の許可を得てから行ってください。

筋肉には腹筋や背筋といった大きな筋肉(グローバルマッスル)と一つひとつの背骨の骨をしっかり繋げる体幹筋(インナーマッスル)があります。両方ともに大事ですが、ドローインなどのインナーマッスルを重視した体幹筋トレーニングのほうをお勧めします。

多くの論文をまとめたシステミックレビューという比較的信頼できる報告では、妊娠中の運動は心肺機能の向上、腰痛や失禁の予防、うつ症状の軽減、体重増加のコントロールなどに役立つとされています。

詳しい方法については、あとに続く当院リハビリテーション専門療法士がまとめた運動の仕方をご参照ください。

実際に痛みが出てしまった時の対処法

痛みが次第に強くなり身動きがつらくなったときは、まず産婦人科の先生に診てもらい、必要に応じて整形外科を紹介してもらいましょう。軽い場合は産婦人科の先生のアドバイスや体操でよくなることが多いです。

整形外科では診察をしてどこが悪いかを確認して、薬や注射、運動療法の仕方などを指導すると思います。腰痛だけでなくお尻からふくらはぎに響く痛みが出たときは椎間板ヘルニアなど坐骨神経痛の可能性があります。

薬については、このHPの妊娠中や産後における薬物治療の章を参考にしてください。

ロキソニンなどの痛み止めの内服薬は基本的には使いません。また、ロキソニンやボルタレンなどNSAIDSと呼ばれる鎮痛薬は妊娠後期では使用禁忌です。

ブロック注射は麻酔薬単独または麻酔薬とステロイドの混合注射薬を使用します。症状がつらい時に数回行いますが、一時的使用は特に問題ないと考えます。

レントゲンも妊娠4か月までは被ばくの影響が強いので撮りません。どうしても必要な場合は2枚程度は問題ないと言われていますが、これも産婦人科の先生と相談してください。

MRI検査は磁石の力を利用した画像方法ですので、安定していれば時期に関係なく撮影が可能です。以上の薬や検査については、すべて自分だけで判断しないで先生と相談してください。

コルセットや骨盤ベルトは、腰痛や骨盤痛の改善に役立ちます。最近市販されている骨盤ベルトはシェイプアップを兼ねたコルセットタイプのものが多く、骨盤痛への効果は疑問です。コルセットは腰痛が強い時にかぎり使用されるとよいと思います。

また腰痛は体操や体幹筋トレーニングを行うことで改善が期待できます。しかし臀部痛、鼠径部痛、恥骨部痛、股関節痛、大腿部痛などの骨盤帯痛は運動療法だけでは限界がありますので、骨盤ベルトを併用して運動することが良いとされています。骨盤ベルトは幅5~10㎝で、装着する部位は骨盤の上(上前腸骨棘)より少し下で大腿骨の横の出っ張り(大転子)あたりにつけます。恥骨のところにつけても効果がないという結果が出ています。先生から装着を指導された場合は問題ないですが、コルセットや骨盤ベルトの購入について迷われた場合は、商品の写真を先生や看護師にみてもらってから決めてはいかがでしょうか。

針治療は医学的に効果があるという報告が多いです。しかしまだまだ報告数が少なく、一般的に認められているとは言い難いようです。

外国では国家資格を持ったカイロプラクティック療法士がいまして、腰痛や骨盤痛への効果が報告されています。日本ではカイロプラクティック以外にも整体師によって施術が行われていますが、効果についての報告がないのでお勧めはできません。ですので、ご希望の場合はご自分の判断でお願いします。